無為庵

読書メモ、アイデアの蔵。

帝政ローマの成立

1. 第一回三頭政治 前60~53

 ローマ共和政は、国内の身分闘争と対外的な戦争とによって農民が困窮し、「内乱の一世紀」を迎えた。この社会的な動揺の中、人々は強い指導者による情勢安定を求めた。そしてそれは、「三頭政治」と呼ばれる寡頭制によって実現される。

 初めての寡頭制は、ポンペイウスクラッススカエサルの3人によるものだった。特にカエサルは、ガリア遠征(前58~前51)でゲルマン人を退けてガリア一帯をローマ領に編入することに成功し、民衆の支持を得た。ガリア遠征については『ガリア戦記』に詳しい。

 これに対し、ポンペイウス元老院と組んでカエサルを追い落とそうとするも失敗、結局カエサルがローマの臨時「独裁官」に君臨する。しかし、カエサルがその絶対的地位を永続的なものにしようと画策したところ、共和政の維持を求む元老院と対立、挙句には暗殺される

 かくして、再び政治は混乱に向かう。

 

2. 第二回三頭政治 前43

 カエサルの死より暫く後、今度はオクタウィアヌス(カエサルの養子)・アントニウス(カエサルの部下)・レピドゥスの政治同盟による三頭政治が展開される。

 しかし、間もなく三者の協調は乱れ、特にアントニウスプトレマイオス朝エジプトの女王クレオパトラと組んでオクタウィアヌスを攻撃する。戦争はギリシアの西海上で行われた(アクティウムの海戦:前31)が、数に劣っていたオクタウィアヌス方が勝利を収めた。更にプトレマイオス朝が倒れたことで、オクタウィアヌスのローマは内政が安定しただけでなく、地中海の制海権をも握ることとなり、ローマ人は地中海を「われらの海」と呼んだ。

 

3. 帝政ローマの始まり

 国内の政争を勝ち抜いたオクタウィアヌスは、元老院から「アウグストゥス(尊厳者)」に叙され「皇帝」となる。これが「帝政ローマ」の始まり、文字通りの「ローマ帝国」の時代である。但し、オクタウィアヌスは「第一の市民」(プリンケプス)という立場を貫き、父のように「独裁官」を名乗ろうとはしなかったという。

 

<参考>

山崎圭一(2018)『一度読んだら忘れない世界史の教科書』SBクリエイティブ

東京法令出版 教育事業推進部 『歴史風景館 世界史のミュージアム東京法令出版

・「世界史の窓」 (https://www.y-history.net/appendix/wh0103-058.html#wh0103-060_1)