読中メモ
名場面
「もう一度、言いましょうか」
と、兄は正面から切り出した。
踵を鳴らし、手袋をはめた腕で目の前を切り払うようにして、我が兄は堂々と宣言したのである。
「ロード・エルメロイⅡ世として、この事件を預からせていただく」 p,211
何者かによって殺人事件の容疑者に仕立て上げられたライネス。更に、姿を消した月霊髄液の召使トリムマウを見つけると、その手は血で染まり、目の前には死体が転がっていた。そこに他の魔術師もやってきて、ライネスは犯人同然、まさに絶体絶命の危機に。
そこに颯爽と現れた義兄・エルメロイⅡ世。魔術師として何枚も上手の相手を前に堂々と張り合うが・・・よく見ると足が震えている。「ああ、足が細かく震えているのを隠せていると思ってるのだろうか」(p,211)。
ヒーローかと思えば、実は一生懸命虚勢を張っているウェイバー君の姿に、冷たい目線を送る読者はいないだろう。
語彙(上)
ウィンクひとつ送って、私は奥の瀟洒な扉に手をかけた。 p,35
瀟洒(ショウシャ):垢抜けている様。都会的で洒落ている様。
「ほうほう。さすがは名にしおうエーデルフェルト。どうするつもりかな?」 p,38
名にし負う:評判である。名前に実体を伴う。「し」は強意の副助詞で、「名に負う」と同義。
何度見ても異次元に吸い込まれるようにしか思えないが、今のところ、焦眉の急は扉の向こう側だった。 p,112
焦眉の急:差し迫った危険や問題に直面していることの喩え。禅問答に由来する。
それを見誤って、数百年を閲した家が断絶するなどということも聞く。 p,119
閲(ケミ)す:時を経る。/見て調べる。
豁然。
葉擦れのさざめく中空に、刃が走ったのだ。 p,191
豁然(カツゼン):視野が開けること。心の迷いや疑いが消える様。
三面が哄笑した。 p,197
哄笑(コウショウ):大口を開けて笑うこと。
「それに、いくつか胡乱な噂を小耳に挟んできた。――つい先月、イゼルマが特別な秘宝を買い上げたということだ」 p,233
胡乱(ウロン):疑わしく怪しいこと(=胡散)。/不確実、あやふやなこと。
たった一グラムの黄金を生み出すためにプール一杯分の黄金を費やす浪費と蕩尽こそ、魔術の本質だ。 p,233
蕩尽(トウジン):財産を湯水の如く使い果たすこと。
語彙(下)
過去の選択に、現在の在り方に、未来訪れるかもしれない可能性に懊悩し、肺腑を串刺しにされるかのごとく苦しんでいるのだと。 p,14
懊悩(オウノウ):悩み悶えること。煩悶。
濃密に立ち上る草いきれで、時々むせかえりそうになる。 p,19
草いきれ:夏に、草むらから発するむっとする熱気。草むらが暖められて空気中の温度より高くなることで、蒸散が活発になるために起こる。
――フラット・エスカルドス。
地中海周辺の国に生まれ、嘱望を集めてきた少年の名である。 p,43
嘱望(ショクボウ):人の将来に望みをかけること。
少年の才覚をめきめき伸ばすことに成功したのは、衆目の一致するところだろう。 p,45
衆目:多くの人の見る目。十目。
「衆目の一致」=誰もが同じ意見であること
これ以上なく正気で、師匠が痛罵した。 p,216
痛罵:痛烈に批判すること。
予備知識
呪術
呪術の歴史は非常に古い。なにせ今から凡そ7~8万年前からあったのである。
呪術とは、自らの望み(成功)を招き寄せるための魔法である。例えば、雨乞いとか大量祈願とか。確かに、成功のために自然の法則を曲げる"念"(=所謂"呪い")もあるのだが、それは後々現れたものに過ぎない。
文明が発展すると、祭司や巫女による神がかりとか卜占が政治の役割を果たす社会(シャーマニズム)が成立する。この「祭司や巫女」こそ「シャーマン」、つまり「呪術師」で呪術の系譜にあることが分かる。
さて、呪術の基本は"共感"。つまり、「接触したものは互いに影響を与え合う(共感する)」というのが、呪術の根幹である。これを"共感呪術"という。
この応用として、二つの法則がある。
一つは"感染の法則"で、「以前一つであったものや接触していたものは、別れた後も影響を及ぼし合う」という法則だ。これを用いた呪術を"感染魔術"と言う。
もう一つは"類似の法則"、つまり「似たものは似たものを生む」というもの。具体的には、「似たものに起きたことは、その片割れにも起きる」「似たもの同士は同じような性質を得る」といったものである。これを用いた呪術を"類感呪術"や"模倣呪術"と言う。例えば、動物の格好をして「動物に似せる」ことで、その動物の力を得ようという呪術がある。
「完全なる美を体現した黄金姫を見ることで、見たものも浄化され美しくなる」という発想も、呪術的なものではないかな?
ルーン
ルーン文字とは、2~14世紀頃、北欧を中心とするゲルマン人が使った文字である。魔力の籠った文字だが、製紙技術とラテン文字が流入するまではアルファベットの代わりとしても用いられていた。
伝説では、北欧神話の主神オーディンが自らを槍で傷つけ、九夜の間、世界樹ユグドラシルに宙づりになることで授けられたという。
"ルーン"とは秘密や奥義、囁き、神秘といった意味で、木や骨、金貨、武器、護符などに正しく刻み込むことで魔力を発揮する。
古くはゲルマン共通のルーン文字(フサルク)があり、24文字全てが解読されている。その後、「枝のルーン」と呼ばれるものも登場したが、こちらはあまり解読されていない。
例えば「↑」(テュール)は「勝利のルーン」として知られる。剣に刻み込み、その名を二度叫び、敵の血でテュールの紋が満たされると効果を発揮するとか。
ちなみ、"テュール"とは北欧神話における戦神の名で、神族の身ながら巨人族(始祖の巨人ユミルやロキなどの一族)の狼フェンリルを大切に育てる優しさを兼ね備えていた。戦いに身を投じたヴァイキングからの信仰が篤かったという。
作中では蒼崎橙子が使うが、Fateに限らずサガフロなど、あらゆるファンタジー系コンテンツに登場する。
ちなみに、北欧にはルーンの他に"ガンド魔術"や"セイズ魔術"がある。"ガンド"は幽体離脱をし、鳥獣の身となって駆けることで遠くを見通す魔術や、呪いを放つ魔術とされる。遠坂凛が使うガンドの由来はこれかな?
一方、セイズは降霊術で死者から予言や知恵を得る。北欧の魔術師は大体女性で、セイズを使う際は性的絶頂に至るらしく、北欧神話ではヴァン神族のグルヴェイグがアースガルズ(アース神族の世界)にセイズを持ち込んだ結果、風紀が乱れたとして神族同士の戦争にまで発展している。
<参考>
・杉原梨江子(2013)『いちばんわかりやすい北欧神話』実業之日本社
・山本篤と怪兵隊(2011)『Truth In Fantasy 魔術師の饗宴』新紀元社