無為庵

読書メモ、アイデアの蔵。

努力二論

努力なんてしなくていい。

 

"努力"は、やりたくもないことに対して使う言葉だと思うから。

だって、自分の好きなことなら、傍目には「大変だな」と思うようなことでも平気でできる。「自分は努力している」なんて、思わない。そして、そうある限り、どこまでも進んでゆける。

本心を蔑ろにして何かに励んだって、きっと効果は上がらない。勿論、人生、やりたいことばかりじゃない。でも、努力するのは、ほどほどに、な。それでも無理にやろうとすれば、今度は自分が削れていく。果てにあるのは灰だ。灰のように、無気力な自分がいる。そうなれば、また火を得るのは難しくなる。

 

 

努力は裏切るとか、裏切らないとか。

俺は、そのどちらでもないのではないかと思う。

 

努力は裏切るものでも、裏切らぬものでもない。ただ、正しい努力と誤った努力があるだけだ。

 

きちんと終着点までの道筋を見極め、都度軌道修正し、できる限りの最善を尽くせば、きっと満足いく。

でも、いたずらに頑張るだけでは、うまくいかないだろう。ただ善行を積めば、良いことがあるわけじゃない。意味のあることをしなければならない。

 

現実にあるのは、自分に十分な力があったかどうかという事実のみ。それ以上でも以下でもない。いかに不利な戦いでも、それに適応できずに死んだら、自分の力不足。あるいは、そういった状況を招いた自分の不覚。

それを、「努力が裏切った」などというのは、おこがましい。そうして現実から目をそらすくらいなら、全て自分の責任と捉えた方が余程前向きで潔いではないか。